「さらば、わが愛/覇王別姫」時代に翻弄された美しき悲劇

覇王別姫/タイトル

こんにちは、皆さん!映画「さらば、わが愛/覇王別姫」は、中国近代史の激動の時代を背景に、京劇と愛に生きた二人の美しくも哀しい運命を描いた傑作です。

時代の激流に翻弄され浮き沈みながらも京劇の舞台に生きる二人の男性、それぞれの愛の形や演劇への想い入れは違えども、その絆は決して途切れることはありませんでした。性別や社会に縛られない愛の形、そして芸に殉じる魂の叫びに、私たちの心は深く揺さぶられます。

今回は、この壮絶な愛の物語に込められた美と悲劇、そしてその背景について探索していきたいと思います。

目次

「さらば、わが愛/覇王別姫」予備情報

映画「さらば、わが愛/覇王別姫」は、1993年の中国・香港・台湾の合作映画。李碧華(リー・ピクワー)の小説を原作とし、日中戦争や文化大革命を背景に、翻弄される京劇役者の小楼や蝶衣の波乱の人生が、近代中国の様相と共に描かれます。
カンヌ国際映画祭でパルムドールグランプリを受賞した中国映画史の名作、1994年には日本でも公開され大ヒットし、2008年には、東山紀之主演で舞台化もされました。

【スタッフ】

監督:チェン・カイコー
脚本:リー・ピクワー、チェン・カイコー他
原作:リー・ピクワー
音楽:チャオ・チーピン

【キャスト】

蝶衣 役:レスリー・チャン
小楼 役:チャン・フォンイー
菊仙 役:コン・リー

★YouTube「さらば、わが愛/覇王別姫」Pickup

「さらば、わが愛/覇王別姫」ざっくりあらすじ

1925年、中国・北京。9歳になる少年・小豆子は、娼婦の母親によって、孤児や貧しい子供達が暮らす京劇俳優養成所へ預けられ、そのまま置き去りにされてしまいました。
小豆子は同じような境遇の子供たちと共に、虐待ともいえる厳しい修行の日々を送ることになります。
娼婦の子といじめられる小豆子をいつも庇ってくれたのはリーダー格の小石頭でした、そんな小石頭を小豆子は慕い、やがて彼に恋愛感情を抱くようになっていくのでした。

時は流れ、芸を磨きながら成人した二人。女性的な小豆子は女形に、男性的な小石頭は男役に決められ、それぞれ程蝶衣、段小楼と芸名を名乗り「覇王別姫」の舞台を共演します。

覇王別姫/イメージ

「覇王別姫」で項羽を演じる小楼、虞美人を演じる蝶衣、この演劇が一躍大好評を博し、二人は人気スターとなっていくのでした。しかし、美しい蝶衣は金持ちの男性の慰み者にされてしまいます。

小楼は遊郭で見初めた女郎の菊仙と親しくなりますが、これに蝶衣は激しく嫉妬し、また蝶衣の小楼への想いに気付いた菊仙も蝶衣に敵意を抱き、小楼と蝶衣の関係は悪化していきます。

1937年、日中戦争により日本軍に占領された北京。男気の強い小楼は日本兵と喧嘩となり逮捕されてしまいます。彼を助けるため、蝶衣は将校らの前で歌と踊りを披露、蝶衣の妖艶ぶりは日本軍の将校を魅了し、その甲斐あって小楼は釈放されるのでした。
しかし、小楼は日本軍に取り入った蝶衣に怒り、二人は喧嘩別れでコンビは解消、小楼は菊仙と共に去ってしまいます。

芝居の世界から離れた小楼は、賭博に夢中になり、舞台衣装も売り払う程の堕落した生活を送っていました。一方、蝶衣も小楼を失った喪失感からアヘンに溺れていくのでした。

1945年、日中戦争は終わり中国は中華民国として生まれ変わりますが、国内は共産党(後の中華人民共和国)との対立が激化し情勢は不安定です。
そんな中、偶然再会した二人は師匠に堕落した生活を叱咤され和解し、再び舞台への復帰を決意しますが、時勢の変化により京劇にも変革の波が押し寄せます。現代的な演劇スタイルを志向する弟子の小四は、伝統を重んじる蝶衣と対立するようになっていきます。

内乱に勝利した共産党は、政敵の排除や権力強化を目的に、新時代を築くため古い思想や体制、習俗を打ち壊そうという政策を打ち出し、中国全土に文化大革命の嵐が吹き荒れます。
伝統的な京劇も弾圧され、京劇の台本や衣装は次々と火にくべられてしまいます。京劇の象徴ともされる蝶衣と小楼は共産党員によって広場に引きずり出され恥辱を浴びせられてしまいます。

民衆から責められた小楼は追い詰められ、蝶衣が日本軍に招かれたことや男色、アヘン中毒と批判します。二人は互いに罵り合い、遂には菊仙が娼婦だった過去も暴かれ、小楼は菊仙を捨てると口走ります。愛する小楼の裏切りに絶望した菊仙は自殺を図ります。

それから11年が経ち政局が変わり、文化大革命の嵐が過ぎ去った1977年、ようやく京劇にも復活の日が戻ってきました。久しぶりに再会を果たした蝶衣と小楼は二人だけで「覇王別姫」を演じ始めました。

愛する人との共演に蝶衣は陶酔するように演じ続けます。が、演劇も終盤に差し掛かったところ、蝶衣は感極まったかのように、虞美人の自決を現実のものにしてしまったのです。自刃をもって自らの人生と愛に幕を下ろすことに・・

「さらば、わが愛/覇王別姫」見どころ・感じどころ

覇王別姫/イメージ

京劇の代表演目「覇王別姫」は、中国古典の史記や項羽本紀に記された、覇王・項羽が美姫・虞美人に今生の別れを告げる歴史故事です。後世様々に脚色され、悲劇の愛の物語として京劇、小説、映画などで語り継がれてきました。

◆京劇/男性が演じるの虞美人の美しさ

本映画の背景とほぼ同時代、京劇「覇王別姫」で女形の名優・梅蘭芳が虞美人を演じたことで大層な人気を博し、映画の劇中劇ではレスリー・チャン演じる蝶衣がこの虞美人を演じました。その女形は、女性よりも美しく、男も女も心奪われるほどの名演義でした!

時代に翻弄される苦悩と挫折、同性への愛と嫉妬、別れては再会し、最後には愛を貫き、まさに究極の芸に命を捧げた、その耽美的な美しさにはため息がでてしまいます。見事な女形でした。

【段小楼/チャン・フォンイー】小樓は子供のころから正義感が強く男気に勝る性格。芸は仕事の一環という合理的な考えで、娼婦だった女性に惚れて結婚します。しかし、日中戦争や文革で京劇の仕事ができず、蝶衣と喧嘩別れした後は堕落した生活を送ってしまいます。

【程蝶衣/レスリー・チャン】少年・蝶衣が養成所でのいじめや厳しい修行中、自分をかばってくれる男らしい少年・小樓に恋慕の情を抱くのも無理のないことでした。小樓と喧嘩別れした後は、失恋のためアヘンに溺れるも、最後は虚構の劇に陶酔するあまり、自刃という究極の愛を遂げることに・・

【菊仙/コン・リー】小楼を愛した菊仙は、文革で吊るし上げをくらった小樓から「愛していない」「別れる」という言葉を聞き、絶望のあまり自殺してしまいます。

小樓、蝶衣、菊仙の三人が中国の過酷な時代の変化の中で、傷つけ合い、助け合い、紆余曲折を経て必死に生きていく姿が描かれます。

文化大革命(1966年~1977年)は、中華人民共和国の改革運動のことで、略して文革とも言い、古きを捨て新しい世を創造しようとの政策が推し進められ、このため伝統に生きる人々は悲劇に見舞われたのです。

伝統の京劇も堕落の象徴として弾圧され、衣裳や脚本は焼かれ、京劇のスターだった小樓も蝶衣も大衆の前に引きずり出され、総括として反省させられます。日本軍の前で踊った蝶衣は敵国にへつらった者と非難され、菊仙は娼婦だったことを暴かれ、娼婦を妻にした小樓も恥辱を受けます。
とにかく精神的な集団暴力に追い詰められる恐ろしいシーンです。本当にこんな悲壮なことあったんですね・・

「さらば、わが愛/覇王別姫」動乱の時代

覇王別姫/イメージ

近代中国動乱の時代背景に、物語の主人公、程蝶衣と段小楼の人生を重ねてみましょう。

◆清朝時代から貴族たちの道楽として愛されてきた京劇は、宦官たちの芸でもあり、清朝が滅んだ後も彼らは生業のため、この伝統芸を存続してきたのです。そうした宦官の生き残りが京劇俳優養成所で、貧しい子供達を引き取り京劇の役者に仕立てるべく、育ての親となり師匠となり厳しい訓練を行っていました。段小楼や程蝶衣もそんな中で、彼らに芸を仕込まれて育ったのです。

◆北京占領下にある日本軍の横暴に敵対した小楼が逮捕されてしまいます。小楼を巡って蝶衣と菊仙は三角関係にありましたが、この時ばかりは小楼を助け出すべく協力し合い、蝶衣はご機嫌取りのため日本軍将校の前で歌や踊りを披露します。その甲斐あって小楼は解放されますが、彼は日本軍にへつらった蝶衣を許せず、喧嘩別れをしてしまうのでした。

内戦と共産党政権の一党独裁
1945年、太平洋戦争での日本降伏により日中戦争終結、しかし翌年中国共産党と国民党が内戦に突入。
1949年、ついに共産党が勝利し中華人民共和国が成立します。

◆新たな国家が誕生し、新しい政治政策が発布され、京劇にもその波が押し寄せます。国家の飛躍・繁栄のため、古い思想や習俗を捨て去り新しい文化・技術を創造しようとする変革運動が推進されるようになってゆきます。伝統芸能である京劇もその影響を受け、旧態依然とした蝶衣たちの演劇形式は落ちぶれ、蝶衣の弟子たちが演じるモダンな形態が好まれ人気が高まってゆきます。

文化大革命
1966年、一党独裁政治の下、毛沢東主導により文化大革命が始まります。

◆文化大革命とは、従来の思想や文化、風俗や習慣を捨て去り新しい時代を創ろうと国家政策として行われたものです。政敵を対象にした一方的な弾圧で、多くの知識人が巻き込まれ、一部では大量虐殺も発生、この不条理な改革のため多くの人々が被害を被りました。蝶衣も小楼も死こそ免れましたが、大衆の前に引き出され大変な屈辱を受けることに・・

政局の転換
1976 毛沢東死去、新首相の華国鋒による新勢力により文革を主導した4人組は逮捕されます。
1977 新しく最高指導者となった鄧小平は文革の終了を宣言、疲弊した中国経済を立て直すため、市場経済体制を図る改革開放政策を打ち出します。

◆文化大革命の嵐が過ぎ去り世の中に平穏が戻った頃、偶然再会した小楼と蝶衣は、懐かしい自分たちの演劇を再現してみるのでした。愛しい小楼との共演に感極まった蝶衣は、虚構の悲恋を本物にしてしまい、死をもって究極の愛を遂げることに・・

「さらば、わが愛/覇王別姫」まとめ

はい、近代中国の激動の時代に翻弄された京劇役者、小樓と蝶衣の波瀾万丈のストーリーでした。

伝統芸能・京劇を襲った文革の嵐、愛と憎しみ、同性愛、そして虚構と現実とが交錯する舞台、いずれも圧倒的な重みがあり、また京劇の映像美をも堪能できました。

特に、舞台に陶酔するあまり死をもって愛の極限に至った蝶衣、彼・レスリー・チャンの妖艶な美しさは感動もの、魅了されました。まだ観ていない方は、ぜひ一度その耽美な世界を味わってみては・・

★それでは、またお会いしましょう。Good Luck!

本ブログはSWELLを使用しています
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この記事を書いた人

居所地:日本の中央山岳地域で田舎暮らし
映画・TVドラマ大好き人間
古代ロマン・スピリチュアル小説ファン
Pen name:東岳院展大
Blog nickname:福徳星人

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